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ボスニア

サラエボ

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第二次世界大戦の戦死者を悼む聖火

オープンカフェでビール

セルビア正教会

公園チェス

カトリック大聖堂

独立戦争は1991年にユーゴスラビアからの独立を求めた国々とセルビア中心のユーゴスラビア軍との戦争で、サラエボは1992年4月から3年半もの間、ユーゴスラビア軍に包囲され、1万人以上が犠牲になったそうです。サラエボでは1984年に冬季五輪が開催されていて、この五輪スタジアムの補助グラウンドはは戦争中の犠牲者を墓地まで運ぶことが出来なかった為、墓地となったそうです。私達は遠めにこの墓地を見てきましたが、墓標で一面真っ白の様子は戦争の大きな傷跡として弾痕と同様に印象に残りました。

サラエボは山に囲まれた盆地にある町で、メイン通りは2kmほど。町全体は端から端まで車でも30分くらいかかりそうなほど広く、トラムやバスが走っていました。

サラエボ事件現場

サラエボに来たのはサッカー日本代表前監督のオシムの故郷だから。本当にただそれだけの理由だけだったけれど、ここの人達は15年前まで内戦に巻き込まれていたとはとても思えないほど優しくて、困った顔をしているだけで話しかけてくれるほど親切で、話す人みんなが明るくて、私達を癒してくれました。行こうか迷ったけれど、来て良かった国NO,1!

サラエボでは新しい宿泊システム、プライベートに泊まった。本当はキッチン付のホステルで食費も抑えたかったけれど、予約したホステルが実は満床で、同じ価格でプライベートにしてくれた。プライベートは一般家庭が家の空き室を貸し出しているシステムでヨーロッパでは多いスタイル。ホームステイとは違って家族との交流はないけれど、ボスニアは靴を脱いで家に入るという日本と同じ習慣だったので、全く日本と変わらずリラックス出来ました。キッチンは使えなかったので、昼過ぎからは他の旅行者やボスニアンに習って、オープンカフェでビール。なんか被れるのが好きな私達。

街の見所

1914年6月28日にオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻が、セルビア人青年に狙撃されて、第一次世界大戦のきっかけとなった、サラエボ事件の現場。現場の目の前にある博物館では皇太子夫妻が写っている当時の映像も紹介されていました。歴史的な現場のはずが、独立戦争の傷跡の中では、かすんでいるような。

サラエボに到着して、長距離バス停から町の中心部にある宿へ市内バスで20分ほど移動していると、弾痕のある建物がいくつも目に入ってきた。多い地域では2棟に1棟の割合であった。弾痕がないのは新しい建物、なかには崩れたままの建物も。。バス停で親切に中心部行きのバスを教えてくれて、最後まで私達を気にしていてくれた優しいおばちゃんもこの戦争を経験しているのかな、と思うとなんだかとても悲しくなりました。

独立戦争の跡