imaiツアーズ 世界一周旅行

ガス室は6棟あったが、証拠隠滅のために破壊されている。死体を焼却するのは特別労務班員。数ヶ月後には口封じのために殺害された。

床がなく地面が剥き出し、暖房設備がない、寝床は藁。寒々しい。排水設備もないから、チフスなど伝染病が蔓延したそう。ご飯は、朝:約500mL濁った飲み物、昼:殆ど具のないスープ、夕:300gほどの黒パンと3gのマーガリン。これは平均的なご飯で、業績の悪い人は減らされていた。収容者の間で食べ物の奪い合いが起きていたそう。

ポーランド

オシフィエンチム(アウシュビィッツ) 負の世界遺産

150万人の殺人が行われた、人類の負の遺産を見てきました。観光バスがどこの観光地より多いことに驚いた。先生が引率している高校生の集団も沢山見かけた。想像を遥かに超えて、恐ろしいところだった。恐ろしいなんて月並みな言葉で表現するのは、犠牲になってしまった方々に申し訳く思う。第1アウシュビッツ、第2アウシュビッツを5時間くらいかけて見学したが、2時間くらいで頭痛がしてくる。気分はげんなりで会話は減ってくる。そんなところだけど、眼を背けないで観る義務があるような気がしてしっかりと見学してきました。

始め、アウシュビッツに行くかどうか迷った。旅のルートを考えると、少し北に位置しすぎているし、何処かに行く直線上にあるわけではないし。それに、あまりにも悲惨な歴史があるから、お気楽な旅人が訪れるのは申し訳ない気がして。そんな中、知人の勧めもあったし、実際に悲劇が起きた場所を怖いながらも見ておく義務みたいなものを感じ行ってきました。行って良かった。想像をはるかに超えてショックだった。ベトナムで戦争証跡博物館を観た時もショックを受けたけれども、ここアウシュビッツの非人道的の外れ具合といったら、頭痛がする。これも人間がやったこと。眼を背けないでしっかり脳裏に刻むことが、今の私に唯一できることと思った。

ヘスの絞殺台。

収容者増を補うために造られた第二強制収容所。頭痛がひどくするけれど、行ってきました。第一強制収容所から2キロ離れたところにある。。第一強制収容所のように博物館はなく、建物が残っているのみ。東京ドーム37個分ととてつもなく広く、300棟以上のバラックがあったそう。どれだけの人が収容されていたのかゲンナリする。

アウシュビッツ第二強制収容所ビルケナウ

アウシュビッツ第一強制収容所

入口。どこの観光地より観光者でごったかえしていた。

収容所の入口。『働けば自由になる。』と門に書かれている。門をくぐると、収容者自身が積み上げた赤レンガ造りの建物が28棟立ち並んでいる。並木が立ち並んでいて、収容所に見えない。

ウィキベディア(アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所

Topへ戻る

旅の写真集Topへ戻る


11号棟は『死のブロック』と呼ばれ、監禁室、鞭打ち台、移動絞首台、飢餓室、立ち牢などが今も残っていた。

ガス室と焼却室。復元された焼却炉がある。

有刺電線。何重にも張り巡らせてある。収容所生活に耐えられず、ここに飛び込み自殺した人もいたそう。

死の壁。収容者に恐怖心を植え付けるために、見せしめのための射殺をしたところ。沢山の花が献花されていた。

建物の中は博物館になっている。収容者の頭髪が一面に積み上げられていたり(頭髪で布を作っていた。)、収容者の所持品(ブラシ、靴、服、かばん等)が積み上げられていた。子供の靴、服も大量にあった。

収容所に向かう線路。収容所の中にも線路は繋がっていて、ガス室の手前で線路は切れる。被収容者は列車から降ろされると、労働者、人体実験検体、価値なしに分けられた。価値なしは即ガス室へ。女性、子供、老人のほとんどは価値なしに分類されたそう。

湿地帯にバラックが立ち並ぶ。一部は残っているが、殆どは壊れていた。